-飛焔-




その日は執務も無く、久しぶりの休暇を庭の手入れでもして過ごそうかと思っていた。

庭の手入れは嫌いではない。

本当は草花は自然の方が好ましいが、ただ荒らしておくと家人に泣きつかれて困る。


『夏侯惇将軍の屋敷がこれでは、私たち家人が笑われます…お願いですから草を刈らせて 下さい』


そう言って泣きつかれたのも片手では足りない。

家人にやらせるとこぎれいにされ過ぎるし。家の仕事を忙しくこなしているのに、休暇を 持て余しているだけの俺が遊んでいるのも申し訳なく…草刈りをすることになったのだっ た。

暫くの時間草を刈り、一息ついて茶でも飲もうと思った矢先、孟徳から呼び出しがあった。

呼び出し自体は、珍しい事ではない。

やれ詩が出来た、旨い酒が手には入ったと、どうでもいい理由をつけて呼び出されるのは 日常茶飯事で…

ただ、今回はどうも様子がおかしい。

孟徳の言付けを持ってきた使いの者が、今日は車まで用意してきていたのだ。

馬で行くからいいと断ったのだが、孟徳が必ず車で来させろと言ったらしく、困ったよう に何度も何度も車を勧めてきたのだ…

帝やなんかじゃあるまいし、車など大袈裟な物とんでもない!

そう思ったが、あまり意地を張って使いの者を困らせてもかわいそうだ。

仕方無しに、渋々と車に乗ることを承諾した。

しかし、それだけではなかったのだ。車に乗った途端、使いの一人が布を片手に孟徳の命 令だから目隠しをしてほしいと言う。

ますます怪しい内容に溜息をつくが、一度了承したことを今更ぐずぐず言うのもはばかられ、 布を不機嫌に引っ手繰った。

元々左目を覆っていた布の上から両目を塞ぐように布を巻く、少々間抜けのような気がし て孟徳に会ったら絶対に恨み言を言ってやろうと、怒りを我慢するように拳を握り締める。

ガタガタと揺れる車の上で、見えない道にせめて耳でと様子を伺っていた。

いったいどこに連れて行くつもりなのだろうか…

聞こえてくる喧騒からいって、孟徳の屋敷へと向かっているような気がする。

いつもは馬で跳ばす道のりも、暢気のんきに車で向かうのは苛々してきて、まだ着かんのか?と 問おうと思ってきた頃車はゆっくりと止まった。


「着きました将軍」


そう言って、布を取る事を制し手を引かれた。


「やっと来たか、元譲」


目が見えなくても聞き間違えようがない声。

腹に響くような低い覇者の声。

紛れもない曹孟徳が目の前にいる。


「孟徳!この戯れはなんだ!?つまらん用なら俺は怒るぞ!」


ずっと苛々していたので、開口一番文句を付ける俺に孟徳は笑っているようだった。


「もうこれは取ってもいいのかっ?」


返事が帰ってくる前に布の結び目を解くと、目の前はうまやだった。

何故こんなとこにわざわざ目隠しまでさせて車で来させる必要がある?

怪訝に思い、眉を寄せると孟徳が合図をした。

応えるように厩の中から引かれて来たのは、一頭の黒毛の馬…

孟徳の愛馬にも勝るとも劣らない。美しく腰周りの筋肉が張った立派な馬だった。

戦場を駆ける姿はさぞ目を惹くことだろう…

俺は一目で、この馬に心を奪われた。


飛焔ひえんだ、元譲」

「ほう…?飛焔か…見事な馬体に劣らぬ勇ましい名だな」


見惚れるように馬から目を離せない俺に、孟徳は満足そうに頷いた。


「元譲、お主の馬だ」

「は?」

戦場いくさばにあっては焔の様に激しいお主と、飛ぶが如く駆けるこの馬…まさに出会う為に生 まれたようだのぅ」


だから飛焔と名付けたと孟徳は言う。


「元譲、この馬に乗り。これからも我が覇道を支え、切り開く道を突き進んでくれるか?」


あぁ…この男はなんて馬鹿なんだろう…

世に奸雄などと評されていても、こんな簡単なことを改めて問うなんて。

しかし、その言葉が嬉しくないなどということは無く…


「今更何を言う、聞かなくともわかっているだろう?俺の命はお前の天下の為にある」


そう言って笑ってやったら、無邪気に嬉しそうな顔をしやがる。

孟徳、俺はいつだってお前の為なら命など投げ出す覚悟はできているんだぞ?

本当は本能でわかっているんだろう?


「孟徳、この馬に乗って久しぶりに二人で遠乗りにでもいかないか?」


たてがみを撫でながら俺は笑う。

お前がなにより大切なのだと、照れくさくて口に出せない分、思いが伝わるように…




なんとなく突発的に思いついたSS
ほんと短いです。 きちんと読み直してないうえ、尻切れな小説・・・(ならアプるなよ;)

2005.09.22