-我が家に鬚がやってきた3-


ドカドカとかかとから地面を踏みつけるように、機嫌の悪さをありありと表しながら夏侯惇は回廊を歩いていた。

目はすわり、眉間には深く皺を刻んで、敵兵でも今この場で出会ったならば腰を抜かしかねない形相だった。

それというのも、曹操に言われ仕方なしに屋敷に居候させている関羽が原因。

朝が弱い事をつい口にしたばっかりに、関羽に起こしてもらうなどという気分の悪い寝起きを迎えるだろう 約束
を一方的にさせられた。

寝るものか!と頑張ってみたが、それが逆効果になり、いつもよりもグッスリと眠りこけていた夏侯惇は、よ
りにもよって関羽にくちづけされ起こされるという本人的にはとてつもなくおぞましい目にあったのだ。

その日から五日、懲りもせずに夏侯惇は毎朝寝過ごし、その度に関羽にくちづけで起こされていた。

それも日に日にエスカレートしていくのだ。


初日はただペロリと口腔内をひと舐めされた程度だった。

二日目には歯列は撫でられ。

三日目には上顎をなぞるように擦られ。

四日目には舌を絡め取られ。

そして、五日目の今日は、口の端からお互いの唾液が伝う程に丹念にくちづけられた。


寝ぼけているとはいえ、その度反応してしまう体に余計腹がたつ。

そして我に返り飛び起きて、ニヤリとした不敵な笑みを見る度、辺り一帯に響き渡るような怒声で喚き散らすの
だが、関羽は一向に止める気配がなかった。

曹操に散々男に抱かれる事を慣らされた体とはいえ、憎いとは思えど好意など欠片もない関羽にくちづけら
れ反応するとは。

なんと悔しい事か

夏侯惇はギリリと奥歯を噛んだ。

こうなったら仕返しせねば気が済まん。いくら曹操に仲良くしろと言われていても、好き勝手されたままでい
られるものか、と夏侯惇は関羽をやりこめてやろうと考えた。

しかし、体格も力もかなわず、それどころか、悔しくて認めたくはないが武でもかなわない。

意外に智もあることも知っている。

平時は穏やかとさえ言える夏侯惇だが、関羽相手なら別だった。姿を見ただけで猛り、まさに牙を剥く獣の様
猪突猛進ちょとつもうしんになる。
それをあっさりとかわし、あまつさえからかう様な笑みまで浮かべられるから夏侯惇からしたら怒り心頭なの
だ。

そんな状態で知力で勝とうなど有り得ない話で、夏侯惇は何かやりこめられるものはないかと必死に思案
する。

料理、夏侯家の若様と育った夏侯惇に料理など経験もあるわけなく、却下。

舞、美髯公の舞は見事だと聞く。

乗馬、いくら夏侯惇の愛馬、飛焔が見事な駿馬とはいえ、曹操から赤兎馬を与えられた関羽には勝てない。

弓…言わずもがな、隻眼の夏侯惇に弓で勝つなど不可能、ましてや関羽は今でこそ関将軍などと呼ばれている
が、元は馬弓手だったのだ、弓とて上手いに違いない。

酒、酒豪の関羽に比べ、夏侯惇は下戸げこだった。

考えれば考える程勝てるものがない事に唖然あぜんとする。

このまま毎日まんまとくちづけられて起こされ、その仕返しも出来ず仕舞なのかと思うと腹がたって地団駄を
踏んだ。


「なんだってあの髭野郎になどくちづけられねばっ…ん?…そうか」


そこで夏侯惇は一つの結論を出した。

普通ならば同じ男にくちづけなどしたいものではない→嫌じゃない相手→好意を持っている。

かなり強引だが、あながち外れていない。
関羽は夏侯惇を気に入っているのだから。
いくら罵詈雑言ばりぞうごんを吐きかけられようが、子犬がギャンギャン吠え立ててる様に愛らしい。
などと思っているのだから関羽もかなりズレているのかもしれない。

だからなのか、曹操に言われ嫌々仲良くしようと慣れない言葉使いを噛みながらも使ってくる夏侯惇に、いた
づらをしては地を引きだそうとしているのだった。
よく笑い、よく怒り、意外に涙脆い。くるくる変わる表情を眺めるのが凄く楽しい。

そのおかげで、今夏侯惇は仕返しを考え、ニヤリとほくそ笑んでいるのだが。

決行は明日の朝。



「見ていろよっ!関羽っ!」



回廊を豪快に笑いながら歩く姿は凄く楽しそうだった。





そして、明朝。



夏侯惇は下半身が疼くような口腔への刺激で目を覚ました。
目を開けずに状況を把握すると、両手を上からそれぞれ握られ、深くくちづけられている。
どちらのものともつかない唾液が水音を立てていた。


『この‥野郎っ…今に見てやがれ』


夏侯惇は覚悟を決めると、拙いながらも関羽の舌に己のソレを絡めた。
一瞬、ピクッと関羽の体が驚きに揺れる。

淡白な夏侯惇だが、曹操に嫌と言うほど仕込まれたのだ。

関羽如き陥落させるなどたやすい。

そう考え、持てる限りの舌技で関羽に対抗する。
関羽も気を取り直し、今までになく激しく攻めた。
二人の攻防はいつまで続くのかと思われた。

しかし、所詮は感じさせる事より感じる事に慣らされた体。
関羽を煽ろうと舌を絡ませれば絡ませる程、自分の体が敏感に燃え上がっていく。


「んぅっ…ふ……ぅっ‥」


ついには、逆に陥落したように鼻腔から甘い声を漏らす。
関羽は目を細めて笑うと、トドメとばかりに舌を強く吸った。
夏侯惇の体がビクリと大きく跳ねる。
見開いた右目は既に快楽に濡れていた。

完敗である。

肩で大きく呼吸を繰り返す夏侯惇は、ギロッと関羽を睨みつける。
そんな睨みにも、関羽は満足したように己の顎を伝う唾液を親指の腹で拭い、余裕綽々に笑みを浮かべた。


「いやはや、夏侯惇殿は大胆だ。拙者我を忘れるところでしたぞ」


余裕の顔でそんな事を言われ、ブチリと音をたて夏侯惇の堪忍袋の尾が切れた。関羽が来てからいったい何度
目なのだろうか…


「こんの…クソ大髭がぁっ!」
「明日はどの様に応えてくれるか楽しみですな」


カラカラと笑う関羽と血管がブチ切れそうな勢いで怒る夏侯惇、家人から見たら充分に仲良しに見える二人だ
った。








鬚シリーズ(?)第三弾?
美髯公、調子に乗っております☆
しっかし、このままエスカレートして寝ながら喰われたら笑えるわ…
ああっ!鬼畜が書きたくなって来た(爆笑)