-休日-





その日曹操は珍しく自由な時間が取れた。
日頃仕事でぐらいしかなかなか会えない己の部下であり最愛の人、夏侯惇とゆっくり過ご そうと思い
ウキウキと足取りも軽く、護衛を振り切って彼の人の屋敷へと馬を跳ばして向 かった。

「夏侯惇っ儂じゃ」

突然の訪問に何事かと蒼白になる家人を目で制し、曹操はズカズカと屋敷の中を歩き回 る。

「夏侯惇っ…おい元譲っ」

なかなか見つからない目当ての人物に、もしかしたら留守だったかと沈む心を紛らわそう と窓の外に目をやった。
狭いながらも美しく手入れされた中庭を夏侯惇はいたく気に入っている。
曹操もいつの間 にか己の趣味には少々地味だがその中庭が好きになっていた。
ふと見た中庭にようやく最愛の人物を見つけ曹操は喜んだ。
夏侯惇は中庭にドッカリと腰を下ろし愛刀の手入れをしていたのだ。
あまりに熱心に刀を磨いていた為曹操の訪問にも気づかなかったらしい。
磨いては眺め、眺めては磨きを繰り返す夏侯惇を微笑ましく思った。

「夏侯惇、儂が呼んでいるのにまったく気づかんとは無礼な奴め」

笑う声にやっと夏侯惇は曹操の存在に気づいた。
振り向くと子供のような無邪気な笑みを浮かべる。

「おぅ孟徳じゃないか、何か用か?」

せっかくの恋人の訪問に何か用かはないだろう、と心の中で愚痴ってみるが
夏侯惇の笑顔 を見るとそんな些細な事もどうでもよくなる。

「暇ができたのでな、暫く振りにお主とゆっくり過ごそうと思い来てみたのじゃ」

そう言うと夏侯惇は微かに頬を染め、そうかと答える。

「すまんが、もう少しで終わるから待っていろ」

言って夏侯惇はまた滅麒麟牙を磨きだした。

曹操は少し面白くなくて夏侯惇の愛刀を横からひったくる。
子供地味たやきもちだとは 思ったが、せっかく自分が来たのだから自分を優先して欲しかった。

「おい何をする孟徳」

苦笑しながら曹操に刀を返せと右手を差し出す。

「前から思っていたのだが…お主は背はあるが武人の割に線が細い。」

夏侯惇は魏軍の中でも長身の方だったが、典韋などと比べて鍛えてる割にゴツくなり過ぎ ない体質なのかいまいち線が細い。
だからと言って軟弱なのではなく鋼の様に鍛え上げら れた筋肉が全身を覆って一種美しいとも思える身体をしていた。

「その身体つきでこんな身長程もありそうな大刀をよく軽々と振り回しているものだ」

戦場で夏侯惇はこの大刀を右へ左へと振り回し多々いる敵兵を殺しまくる。
刃が長く広いだけではない。
厚みも相当なもので切り捨てると言うより叩き潰すと言う表 現が似合いそうな刀だ。
自分用に夏侯惇が細かい指示を出して刀鍛冶に作らせたものだった。

「俺が自分にぴったりくるよう作らせた物だからな」

曹操は手にした刀のズッシリとした重みに眉を顰める。
立ってなんとか夏侯惇のいつもの構えを真似するとあまりの重さに腕がプルプルいうのが わかった。

「おい孟徳っ」

夏侯惇が刀を取り上げようとした瞬間、曹操は大刀を大きく振りかぶり何もない空間に撃ち下ろそうとした。

「バッ…孟徳っやめろっ」

振り下ろされる前に夏侯惇は素早く愛刀の柄を両手で押さえた。
重さと振り下ろされるスピードでかなりの衝撃だったが夏侯惇は歯を食いしばりなんとか 耐えた。

「元譲っ危ないではないかっ!」

突然の夏侯惇の行動に曹操は冷や汗をかいた。
一歩間違えば夏侯惇の頭を真っ二つに叩き割っていたかもしれないのだ。

ふぅぅと長く息を吐き夏侯惇はキッと曹操を睨み付ける。

「危ないのはお前だっ!」

曹操から刀を取り上げ夏侯惇は怒りだした。

「お前がこいつを振れるわけないだろっ!両肩が抜けてしまうところだったぞっ」
「なにっお主が振れて儂には無理だと申すのかっ」

本当は曹操も夏侯惇の言った言葉をよく理解していた。
自分は純粋な武人ではない、覇者となるべく生まれ落ちた人間だ。
夏侯惇に比べて背も低く体つきもより細い。
確かにこんな重い刀をいきなり振り下ろしたら両肩を脱臼していただろう。
しかし、わかっていてもそれを認めることができない。
普段自分が組み敷いている夏侯惇より非力だと大っぴらに認めたくないのだ。
つまらないことだが男としてのプライドだった。

「当たり前だろっ体格の差を考えろっ!」

そして夏侯惇のその一言が決定打だった。
逞しい武人に囲まれ自分一人華奢で小さく見える
背の事を言われるのが嫌いな曹操が、ま してや夏侯惇に言われたのだから堪らない。

「もうよいっ!儂は帰るぞっ!」
「おいっ孟徳っ」

止めようとする夏侯惇を無視して曹操は屋敷を後にした。









「それで喧嘩して俺の所に来たってわけですか…」

夏侯淵は曹操の話を聞いて溜息を洩らした。

「なんだ夏侯淵っ溜息を吐くとは!」

溜息も吐きたくなりますよ。

夏侯淵は年の割に夏侯惇が絡むと大人げない従兄を横目で見た。

「俺は惇兄の言葉に賛成ですけどね、あの刀は誰にでも振れる代物じゃないですよ。
半端 な重さじゃない事は持ったならわかるでしょう」

耳が痛い。

曹操は夏侯惇の屋敷を後にしたがどうにも腹が収まらなくて夏侯淵に愚痴りに来たのだ。
しかし失敗だったようで、普段から惇兄などと呼び夏侯惇に懐きまくっているこの従弟は いつだって夏侯惇の味方をする。
ましてや今回は曹操にもわかっていることだが夏侯惇の言っている事のが正しいのだ。
それでもやはり夏侯惇の恋人と自負する自分は納得してはいけないと意固地になっている のだ。

「まったく…痴話喧嘩に俺を巻き込まないで下さい」
「ぐっ……」

痴話喧嘩とまで言われては曹操も何も言えなかった。
夏侯惇は隠し通しているつもりだが曹操と夏侯惇の関係は皆が知っていた。
勿論不埒な輩を牽制する為曹操が裏で夏侯惇は自分のモノだと誇示しているからなのだが …

「早く屋敷に帰った方がいいんじゃないですか?今頃惇兄が行っているんじゃないですか ねぇ?」

かもしれない、なんだかんだ言って夏侯惇は曹操に甘い。
年下のくせにまるで弟を甘やかすかのような時さえある。
悪いのは自分ではないと思いつつも自分から謝ることをしない曹操の為にいつも夏侯惇が 折れるのだ。
自分より背の低い曹操に夏侯惇が組み敷かれているのを不服としないのもそんな所がある のかもしれない。

「嫌じゃ、今日はお主の屋敷に泊まる」

それに比べ子供のような曹操に夏侯淵は本日何度目かの溜息を吐いた。

「もう知りませんよ?」

そう言い捨てて夏侯淵は家の者に曹操の宿泊を伝えに行った。









「聞いておるのか二人共!」

夏侯淵の屋敷には酒を飲んで絡む君主とその臣下という絵ができていた。
少し酒でも飲ませれば機嫌が直るんじゃないかと思ったが間違いだった事に気づく
気づ いたところで今更なのだが曹操は酒の力を借り愚痴りモード全開になっていた。
一人で面倒見るのはたまらんとばかりに張遼を呼びよせた。
この何事にも動じない同僚が いればまだマシなんじゃないかと思ったがそれも心労を増やすだけになった。

とにかく無表情。

どんな話題になろうと眉一つ動かさないのだ。
無言で酒を飲むだけならいてもいなくても同じだ。
だったら何故来たんだとツッコミを入れたいが呼んだのは自分だし
わざわざ来てくれた ことには変わりはないので我慢するしかない。

惇兄恨みますよ…

夏侯淵は今この場にいない大好きな従兄を思い浮かべる。
いくら大好きでもこの仕打ちは酷すぎます。
半泣きで夏侯淵は頭の中の従兄に恨み言をぶつけるしかなかった。

「夏侯淵殿」

不意に張遼に声をかけられ夏侯淵は現実に戻る。

「あ…どうした張遼?」
「お休みになられたが」

見ると曹操は机につっぷして眠っていた、日頃の疲れがあったらしくぐっすりと眠ってい る。
やっと空いた休日を夏侯惇と過ごしたかった。
そう考えると少し気の毒な気もしてきた。
夏侯淵は曹操をかつぎ上げると客間に寝かせた。

「張遼、お前も泊まっていけよ」
「そうさせて頂くとしよう」

相変わらず無表情だったが、それも張遼の味だろうと思うことにした。




夏侯淵は気の毒な曹操をどうにかしてやるかと考えていた。
このままうちに居着かれても 迷惑だってところもあったが…

「とにかく!この夏侯妙才様がなんとかしようじゃないか!」

そう言ってにやりと笑った。







「起きて下さい、丞相」
「うぅ…なんだ…」

曹操は気持ちよく寝ていたところを急に起こされ不機嫌に目を開け た。

「うわっっなんじゃっ!」

目の前に無表情な張遼の顔があった。
曹操はあまりに驚いて寝台から飛び降りてしまった。

「お主の顔は起き抜けには心臓によくないぞ」

失礼な事を言われているにもかかわらず張遼は無表情のままだった。

「夏侯淵殿がしばしお付き合い願いたいと申しております」

夏侯淵が?
曹操は首を傾げた。見ると窓の外はまだ少し空が明るみだした頃だった。

「どこへ行こうというのじゃ?」

いくら訪ねても夏侯淵は笑うだけだ。
しかし進むうちに道のりが曹操のよく知っているものになる。
夏侯惇の屋敷への道だ。

「おい夏侯淵、こんな時間に夏侯惇の屋敷に何しに行くのじゃ」

曹操は不機嫌丸出しで言う。

「まぁ俺を信じて黙ってて下さい」

そう言ったっきり夏侯淵は何を聞いても答えようとしなかった。






続く



なんとなくギャグが書きたくなったので
ギャグは続かないほうがいいと思うのが添花なんですけど続きます(汗)
2話完結になる予定ですので
まぁ暇をみちゃ昼間携帯でカチャカチャと打ってます
傍らの方はどうしたんでしょうね(汗)まぁ気分転換だと思ってください。
曹操が添花の理想と離れてゆく・・・クールで鬼畜な曹操様がいいのにィ〜

2004.09.19

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