-休日2-





夏侯惇の屋敷に着くと夏侯淵はまだ家人の寝ている屋敷に迷い無く入っていく。
まだ薄暗 い廊下を声を潜め歩く3人。
曹操はいい加減何をする気なのか説明を求めたかった。
しかし昨日あんだけ腹をたてた手 前夏侯惇に見つかりたくないので渋々黙って後ろを歩いていた。
中庭へと出る間に来ると夏侯淵はやっと振り返り二人に言った。

「さて、ここからは気配を消してもらいます。丞相と張遼はここで待っていて下さい」

中庭が覗ける位置に二人を誘導する。

「夏侯淵っいったい何なのだ」
「気配くらい消せますよね?」

苛立つ曹操の問いには答えず夏侯淵は挑発とも取れるように曹操に言う。
負けん気の強い曹操はそんな風に言われればムキになってその通りにするだろうと。

「なめるな気配ぐらい消せるわっ!」

案の定曹操は気配を消す事に集中しだした。
夏侯淵はそれを見てにっこりと微笑む。

「張遼、お前はここで丞相を見張っていてくれや。俺が座るまで何があっても丞相を中庭 に通すなよ?」
「心得ました」

とうに気配を消していた張遼は簡単な返事だけで理由を聞こうとしない。
面倒臭がり屋の夏侯淵にはそれがありがたかった。

気配が消え辺りが静寂に包まれると今まで聞こえなかった音がハッキリと聞こえてきた。
フンッフンッと何か気合いの様に漏れる声と共にブォッブォッと何かを振って風を切る音 だ。

曹操はすぐにそれが何か思い当たった。

「じゃぁ行って来ますので」

夏侯淵は二人を残し中庭へと下りていった。

「おはよう惇兄」

軽く右手を上げながら滅麒麟牙を振り続ける従兄に声をかけた。
いったいいつから振り続けているのだろうか、夏侯惇は汗だくだった。

「遅いぞ淵」

夏侯惇は目線だけをチラリと寄越した。

「昨日張遼と飲み過ぎちゃって」
「まぁいい。後500ちょい振ったら弓にする待っていろ」

そう言って夏侯惇は素振りを続ける。

「後500ちょいとな?」

会話をかろうじて聞き取れる曹操はうんざりしたように呟いた。
もうかなり振り続けていそうなのにまだ500も振るのかと曹操は呆れた。

「どうやら毎日お二人で朝稽古をしておられる様ですな」

張遼が感情の無いような声で囁く。

「まったく惇兄の稽古熱心さには呆れを通り越して尊敬さえできるよ」
「この位の鍛錬は当たり前だ」

まだ足りないとばかりに言う夏侯惇はようやく素振りを終え刀を地面に突き刺すと体を支 える様に掴まる。
肩で苦しそうに息をしているのが曹操にもわかった。

「戦場では絶えず刀を振り回し駆け抜けなくてはならない
体力も大事だが腕が振り疲れ る様な事があってはならないからな」

だから日々苛め抜くように鍛え上げる。
そう言い夏侯惇は汗だくの上着を脱ぐ。熱を持った体から湯気が上がりそうな程だ。
ほとんど贅肉もなく鍛え上げられた裸体がまるで美しい彫刻の様だと夏侯淵はしばし見惚 れた。

「ならそんな重い刀使わなきゃいいんじゃないのか?惇兄」

夏侯淵は本題に入るチャンスを掴む。

「いや、俺にはこの刀だ。少しでも多くの敵兵を殺せる様破壊力重視したこの滅麒麟牙が いいのだ」

確かに破壊力はありそうだと夏侯淵は夏侯惇が手にする刀をじっと見つめた。

「少しでも多く…俺が孟徳の敵を切り捨てる。
あいつの大望を叶える為ならどんな努力だってしてやる、命さえも惜しいとは思わん。
それが俺の命の意味だ!」

そう言って戦で無くなった左目を指先でなぞる。
そんな風に迷い無く言い切る夏侯惇に淵 は苦笑する。



それって凄い殺し文句ですよ?



照れくさくなったのか夏侯惇は歯を見せにっかりと笑うと冗談ぽく付け足した。

「それにこれだけ刃がでかいならいざという時孟徳の盾にも使えそうだしな」
「本当に惇兄の頭の中は丞相の事ばかりだなぁ…」
「バカッ」

夏侯惇は顔が熱くなるのを抑えられない。
きっと真っ赤になっていて自分の思いを見透か されてしまうのではないかと慌てる。
そんな心配しなくとももう周知の事実なんだが夏侯惇は持ち前の鈍感さで一向に気づかな い。

夏侯淵は笑いながらそっと座った。
曹操への合図だった。


さぁ惇兄はこんなにも貴方の事を想っていますよ。後どうするかは丞相に任せます。
この 激しい想いを知ってもまだつまらない意地を張り続けるような愚かな真似をしますか?


夏侯淵の背中はそう語っているようだった。

曹操は今にも走り出して夏侯惇を抱き締めたい思いを耐えていた。
夏侯惇にとって自分はそれほどの存在だったと初めて知った。
夏侯惇に惚れられている自信はあった、夏侯惇程の男が同性の自分に体まで許しているの だからそれはわかる。
ただそんなにも激しく深い愛情だとは流石の曹操にも思いも寄らない嬉しい誤算だったの だ。

そっと背中を押され曹操は振り返る。
珍しいことに張遼が微かに微笑んでいた。

曹操は無言で頷くと夏侯惇の元へと歩いて行く。

「孟徳っ!」

曹操に気づいた夏侯惇はまるで茹で蛸の様になってしまった。
曹操はそんな夏侯惇が愛しくてたまらなくなり、そのまま何も言わずに抱き締めた。

「も…孟徳…」

張遼や夏侯淵の前で抱き締められ夏侯惇は可哀想なほど狼狽している。

「すまなかった…元譲…」

やっと聞き取れるくらいの小さな声で曹操が呟く。
初めて聞く曹操の謝罪の言葉に夏侯惇は驚いた、そしてその言葉に幸せそうに微笑む。

「どうやら仲直りみたいだな」

夏侯淵がやれやれと大袈裟に首を竦めてみせる。

「その様ですな」

張遼が隣で頷いた、曹操はそれを見て夏侯惇をそっと離す。

「いつまでも喧嘩しておると夏侯惇の信者がうるさいからのぅ」
「はぁ?信者?俺は宗教など信仰していないぞ」

曹操の言う信者。
それは言わずと知れた夏侯淵と張遼の二人だった。

「まったく清々しい程の鈍さよな、まぁお主はわからんでもよい事じゃ」
「なんだ鈍いとは?失礼だぞ」

唇を尖らせ夏侯惇が不満を漏らす。
曹操はその様子を見て楽しそうに笑った。


「おい、お前丞相に何か言ったのか?」

夏侯淵は曹操の言葉にひっかかるモノを感じ張遼に小さな声で聞いてみた。

「ただ、丞相がもう夏侯惇殿をいらないのなら私が横からかっさらいますけど
よろしいか?と聞いてみただけですが」

夏侯淵は蒼白になった、曹操の夏侯惇に対する執着心の強さを知る者なら恐ろしくて
とて もじゃないが口にできない言葉だった。

「ハハハ、お前って……」

鈍いんだか確信犯なんだかその無表情からはよくわからない張遼。
夏侯淵はただ笑うしかなかった。



一番怖いのは張遼かもしれない。








はい終了。ってギャグじゃなくなってるような気がしますが・・
まぁいっか。(よくねぇよ!)
なんか変な終わり方ですけど、言いたい事は惇兄は魏軍のアイドルだということで(?)
でも惇兄の刀って絶対重いですよね!?添花は剣道部だったんですけど振れる自信ありません。(いちお初段です)
っていうか絶対無理ですよ。そんなところもも素敵です惇兄!腹筋がそそる!

2004.09.20

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