-恋慕-





最近夏侯惇は面白くなかった。

ハッキリ不機嫌だと言っていいだろう。

その原因は主の曹操だった。

曹操は先の戦で劉備の妻子を人質に取り関羽を投降させた。

以前劉備の側に仕える関羽と 張飛を見た時、その素晴らしい武勇に羨ましがっていた。
だから今回の投降に関羽を特に欲しがっていた曹操の喜びようといったらなかった。
贈り物に始まりありとあらゆる事をした。
そんな破格の待遇をされても関羽は曹操に仕えるとは決して言わない
曹操はそれでも気 分を害した様子もなくそれどころか誠の忠臣とまで誉め讃えた。
それが余計に面白くないと曹操軍の将の中で関羽に対する風当たりはキツかった。
誰だって自分が主君に一番に必要とされたい、そんな思いがある。

夏侯惇も例外ではな かった。

今まで夏侯惇は曹操に絶対の信頼を置かれていた、それが誇りでもあった。
今だってそれは変わらない。
人の才能が何より好きな曹操が今まで人材を欲しがったのは一度や二度ではない
しかし 今回の関羽はそれを入れても異常な程の待遇だった。

「あんな孟徳は見たことがない…」

夏侯惇は苛立ちを抑えきれず壁を殴る。拳の皮がめくれ血がにじみ出す。

「チッ…」

忌々しげに舌打ちすると拳の血を舐め取った、口の中に鉄の味が広がり夏侯惇は眉をしかめ る。

「…あんな奴…どこがそんなにいいと言うのだ…」

夏侯惇は視界がぼんやり歪むのを感じ、きつく目を閉じた。

いつからか主君である従兄にあらぬ想いを抱いていた。
なにもかもが自分より秀でている従兄は夏侯惇にとって絶対的な存在だった。

曹操に抱かれ悦ぶ夢を見て初めて自分の気持ちを覚った時は死にたくなった。

まさか自分がそんな性癖だったとは…

若い頃から女に対して淡泊だと曹操によくからかわれていた。
確かに女を抱いても体は熱 くなるが心は冷えたままだった。

単なる排泄行為。

夏侯惇にとって女との房事はそれ以上の意味を持たなかった。
その頃はそれがまさかそういうわけだったなんて思いもよらなかった。
こんな想い打ち明けられるわけがない。
それに無骨な自分が男に抱かれたいと思っている などと認めたくなかった
しかし曹操を想う気持ちはなくなるどころか日増しに強くな る。

関羽に対する嫉妬心は純朴な夏侯惇を苦しめる。

「どうせ仲間になるはずなどない…それならば殺してしまえばいいのだ…」

夏侯惇は俯いて呟く。足元の土に小さな染みができていた。







「申し訳ござらんが拙者は兄者の消息がわかるまでとのお約束」

関羽は諦めの悪い曹操に何度目かわからない同じ台詞を言った。
主劉備玄徳の妻子の命を守る為降ったとはいえ、こう毎日贈り物と共に口説かれたのでは たまったものじゃない。
関羽にも良心というものがあるのだ。

それに曹操が己に接する態度を緒将らが面白く思ってないのも感じている。
特に曹操の右腕と言われる夏侯惇将軍は痛いほどの視線を送ってくる。
最古参の将軍だけに曹操に仕えるのを良としない己は目障りで仕方ないのかもしれない。

関羽は居心地の悪さに耐えきれず丞相府から離れた小さな屋敷の裏手に一人で佇んでいた
人気 の無いそこは関羽が唯一気を抜ける所になっていた。

「はぁ…流石に拙者もまいった…」

曹操自体は噂程酷い男ではなかった。
酷い男どころか民に慕われてさえいたのに関羽は驚いた。
それゆえ曹操の特別扱いは針の山にいる様な気分だった。

「兄者はいったいどこにおられるのだろうか…」

ため息を漏らす。

「そんなにあのむしろ織りが恋しいならさっさと帰ればよかろう」

劉備を嘲るような棘を含むその言葉に関羽は不快感を隠しもせず睨みつける。
振り返って見た男は夏侯惇だった。
何故こんな所にこの男がいるのか。
関羽の疑問は顔に出ていたのだろう

「俺の屋敷の裏で何をしている」

ギラギラと殺気を隠しもせずに夏侯惇は関羽を睨む。

「そなたの屋敷であったか」

関羽は少し驚いた。
曹操軍の中でも地位が高いはずの夏侯惇の屋敷がこんな質素で小さな ものとは。

少しこの男に興味が沸いてきた。

「夏侯惇殿、貴殿は夏侯姓なのだから地位のあるお方だ。曹操軍においてもかなりの重鎮だろうに…」

屋敷を見ながら言うが流石にその後の言葉は憚られたらしい。

「ふんっ、なんでこんなボロ屋に住んでいるのかと言いたいのだろう?」

ボロ屋とまでは思っていないと否定しようと思ったがやめた。

「俺は別に贅沢がしたいわけじゃない。それにこれくらいが落ち着くしな」

関羽はちょっと意外に思った。曹操軍の武将はそれぞれが結構高価なモノを身に着けていたりしている。
飛ぶ鳥を落とす勢いの曹操軍においてそれでも質素な暮らしを良とするのは
自分自身に厳しい男なのだろうと思った。
関羽の興味はすっかり好意へと変わっていた。

己が主劉備こそが善であり。曹操は悪。そういう認識が無かったとは言えない。
しかし、曹操軍に降ってから関羽はあまりの認識違いに戸惑っていた。
だから夏侯惇とも腹を割って話し合えばなんとか誤解も解けるのではないかと思ったのだ。

「夏侯惇殿、拙者気になっていたのだが何故そんなに殺気を含んだ目で見るのだ?」
「何故だと!?」

夏候惇は関羽の言葉を聞いた途端に困惑した。
まさか恋慕絡みの嫉妬だとは言えずどうしていいかわからなくなったのだ。

「拙者はここにいる間だけでも仲良くやっていきたい。特に貴殿とはそう思う」
「仲良くって……できるわけがない!」
「何故である?」

問い詰められ夏侯惇は悲痛な顔になってしまう。別に関羽自体に恨みがあるわけでない。
自分の一方的な嫉妬なのだ。
しかし曹操の気持ちをさらって行ってしまいそうな関羽を好きになれるとは思えなかった。

「そ…んなことは…無理だ…」

泣き出しそうな顔で呟く夏候惇の瞳に関羽はある色を見つけた。
何も語らない口とは対照的に心の中全てを吐露しているその瞳を見た途端、関羽は全てを理解した。

「…貴殿は曹操殿を慕っておるのか…?」

弾かれた様に関羽を見る、困惑と恐怖が入り混じったような瞳が痛々しい。
カタカタと震える膝を夏侯惇は抑えられずそのまま崩れる様に座り込んでしまった。

「い…言わないでくれっ…孟徳には言わないでくれっ」

自分の頭を抱え込むようにし叫ぶ。
曹操に知られたら側にいることさえ叶わなくなるかもしれない そんな思いに押しつぶされそうだった。

純粋過ぎて己の思いを持て余している
夏侯惇が酷く頼りないものに思えて関羽はそっと肩を抱いてやった。

「言いはしない。安心するがよい」

そう宥めるように囁くと夏侯惇は関羽の着衣に縋り声も出さず涙を流した。




この男はずっと一人でこうして泣いていたのだろうか……

関羽は堪らなくなった。
この男が欲しい・・・

肩を抱く手に力がこもり夏侯惇は痛みに関羽を見上げた。

「関羽…?」

自分をじっと見つめる関羽の目に何か嫌なモノを感じる。

「か‥関羽、離せ‥」

何故かこの空気から逃げ出したくなり、体を捻り関羽の腕から逃れようとするが
逆に強く 抱き込まれてしまってどうにもならなかった。

クソ…刀を持ってくればよかった…
屋敷に愛刀を置いてきたことを後悔したが今更どうしようもない。

夏侯惇も大柄な男だが関羽は一回り以上も大きい、夏侯惇は力を込めて抵抗し始めたが
そ れでも関羽の腕は夏侯惇を逃がそうとはしなかった。

「はっ離せっ!関羽っ」

抱きすくめられたまま関羽は夏侯惇を人目につかない場所へと引きずって歩く
夏侯惇は 背筋に冷たいモノを感じ身の危険から逃れる為必死に関羽の足に蹴りを入れた。

「じゃじゃ馬だな…」

そう言って関羽は夏侯惇の髪を乱暴に掴み上を向かせると唇を貪る。
夏侯惇は自分の身に起きている事を理解できずにいた。

何故俺は関羽にこの様な事を…

関羽の舌が咥内で暴れる。
くすぐったい様な気持ちいい様な危うい感覚に夏侯惇は眉根を寄せ震えた
頭が霞み思考 がまとまらない。
ふいに唇を離される、名残惜しげに上唇を舌先で刺激され夏侯惇はカク ンと膝を折った。
力が入らない。
快感に潤んだ瞳は酷く狼狽えていた。

孟徳を好きなはずなのに…憎いとさえ思っていた関羽にくちづけられて感じてしまった…

見ると手は小刻みに震えていた。

「ほぅ…男は初めてのようだな…」

揶揄する様な響きに夏侯惇は関羽を睨みつける。

「あれだけ曹操殿が傍に置いて離さぬのだから、当然何もかも仕込まれていると思って おったが…」

関羽の表情はからかうものではなく真実驚いている様だった。

「お…俺と孟徳は‥そんな関係ではない…」

やっとのことでそれだけ口にする。

「これは意外…」

男も女も欲しいと思えば手に入れる。曹操孟徳とはそういう男だった。
妻や妾の数を思えば簡単に理解できる。
興味のあるモノへの曹操の執着心を関羽自信嫌という程味わっている。
ただその興味が性的なモノじゃなかった事だけ関羽には救いだった が。
反対に興味ないモノへの態度も露骨だった。
その存在自体初めから無かったかの様に。一瞥さえくれようとはしない。

したがって関羽が曹操孟徳が片時も離さず傍に侍らす夏侯惇をそういう関係だと思ってい たのも仕方がないことだった。

従兄弟・挙兵当時からの人間・軍の先陣を担う貴重な人材 …
どれ取っても関羽には曹操が夏侯惇に対する扱いにそれらを理由づけられなかった。






続く



初羽惇になる予定なんですけど・・・
結局は曹操←夏侯惇←関羽ってな感じになりそうです。
だってやっぱり夏侯惇は孟徳命でいてくれた方が好きなんですよね〜
ほらゲームでも「孟徳」「孟徳」しつこいくらい言ってますしねvvv
惇兄を最終的に誰と両思いにするかはまだ悩み中・・・

2004.09.19

ブラウザバックプリーズ