-執着-






「孟徳・・・ッ・・ぁっ・・んんっ・・・」

薄暗い部屋に荒い息遣いと湿った水音。
響く甘ったるい声、ギシと軋む寝台・・・

普段冷静な時ならば決して見せようとしないだろう、武人としてのプライドの高いこの男の快楽に溺れた表情が
自分への気 持ちを表しているようで曹操は更にそれを引き出したくなる。

今自分が体の下に組み敷いている男。
従弟であり、臣下であり、そして最愛の魂の伴侶である夏侯惇。

いつからこの無骨な男をこんなにも離せなくなったのかわからない。
こうなる事は、この世に生まれ落ちた時から決まっていた事なのかと思いたくなるほどに。

曹操は自分が夏侯惇に異常なまでの執着心を持っていることをわかっていた。
全てを赤裸々に告げたらいくら勇猛果敢で世に名を轟かせる夏侯惇でも、自分を恐れ るかもしれん。
自分を避け、逃げるかもしれん。そう杞憂する程の激しい執着。

この手に抱くたびにこのまま犯し殺してしまいたくなる・・・

誰の目にも見せず、誰にも触れさせず、その屍が腐り落ちて骨だけになろうと、自分 はこの従弟を抱きしめ離さないだろうとさえ思う。

きっとわしは狂っている

「惇・・イイのか?」

余裕ある素振りでくすと笑ってやれば首筋まで桜色に染め、涙に潤ませた瞳で睨みつ ける。
精一杯の抵抗。
そんな姿がより扇情的で曹操はまた笑った。





いっそ戦になど出さずにいつも傍に控えさせようかと思った。
だが理由も無しにそんなことを言ったとて、武人である夏侯惇は了承しない。

そう考えていると、呂布との戦いであることが起きた。

我が曹操軍は呂布を討とうと下ヒ城に攻め入った、戦が始まり暫くして先陣を務めていた夏侯惇が目を射られたのだ。

本陣から遠目に見ても夏侯惇のことはすぐに目に入る・・いや、目でいつも追ってい るといったのが正しいのだろう。
飛焔に跨り、敵を斬り捨てながら戦場を駆けていた夏侯惇が突如落馬したのだ。
頭から地面に叩き付けられるように落ちた、まるで夢の中のようにゆっくりと自分の 目に映った。
思わず手綱をきつく握り締め馬がぶるっと嘶く。

「惇っっ!!!」

自分の声とはとても思えないような悲痛な叫びが知らずこぼれた。

傍に控えた旗本が止めねば一騎夏侯惇の元へ駆けていたに違いない・・・
地面に落ちた夏侯惇の姿が見えず、馬上で背を伸ばす。

伝令の報告が来るまでの時間 がとてつもなく長かった。

「報告します!城門前にて夏侯将軍が左眼に矢を受け負傷しましたっ」


左眼


血の気が引いていく・・・
夏侯惇のあのギラギラと燃えるような瞳が射られた。
胸に込み上げる怒りが抑えきれず、余程恐ろしい顔をしていたのか。伝令兵がひぃと 悲鳴を上げ青褪める。

「して、夏侯惇はっ!?」

負傷したならば急いで退かせ医者に見せなくてはならない。
まして目を射られたなどと・・・頭に矢が刺さるなど命の保証はできない怪我だとい うことくらい、混乱気味な頭でも考えつく。


勝手に死なせはしない!


死ぬくらいならわしの手で殺してやる。


次から次に不吉な考えが浮かび、掌は汗でぐっしょりだった。

「はいっ、その・・将軍は、目に刺さった矢を御自分でお抜きになると・・・」

口篭もる兵に苛つき早く申せ!と怒鳴りつけた。

「ひっ・・はいっ、将軍は矢を引き抜かれたのですが、鏃に目玉まで刺さったまま抜 いてしまったらしく・・・
それを『父精母血の結晶!捨てることまかりならん!』と 言って・・飲み込んでしまわれたとのことですっ!
そして、自ら射った敵将の曹性を 追っていき討ち取ってしまわれました・・」

ガタガタと震えながら報告を終えた伝令兵は腰が抜けたように目の前でへたりこんで しまった。



『父精母血の結晶!捨てることまかりならん!』



あまりにも気性の激しい夏侯惇らしい荒々しさに曹操は面食らった。

ふと顔を上げ城門前を見ると応急処置を自分でしたのだろう、顔に布を巻きつけ愛刀 を振り回す夏侯惇の姿が目に入った。
布は自分の血で赤黒く染まっていた、しかしその倍以上の返り血で全身を真っ赤に染 めた姿は見惚れるほどに美しかった。

「伝令兵!夏侯惇を退却させろ、いくら血気盛んなあやつでもあの出血ではもつま い」

クスクスと笑いながら告げると伝令兵は転げるように先陣へと走って行った。

見事!

その一言だった。なんて雄々しく光り輝く存在か!
負傷をものともせず、自分を射った相手を追っていって討ち取った・・・
その報告は曹操軍の士気を上げるに充分な話だった。 事実呂布軍に押されていた自軍の兵が巻き返しつつある。
敵兵でさえ見惚れていたというその豪胆さ、礼とばかりに目の仇を己自ら取ったその 武勇。
そんな男が自分の元で命賭け戦う、そんな幸福を味わえる君主がこの乱世にどれほど いることか・・・

そしてこの輝きは戦場でしか見れないものだということも痛い程にわかった。
ならば、戦に出さずに傍にいさせたいなどと思った自分はどうしようもないなと苦笑 する。

いつの間にか、自分の後をちょろちょろとついて歩っていた従弟が、自分の背丈をも 追い越し、
一人前の武将になって軍の要と言えるまでになっていた。

曹操は自分の目が恋情に曇っていたと認めなくてはならなかった。

「惇、これから先わしと共に覇道を突き進むがいい」

片時も離れず、わしの戦にはお前が必要だ。
心強さに自然笑みが零れる。

そうして自分は共に戦い共に大望を叶え、共に死んでゆく。そんな生を望む。





退却してきた夏侯惇が韓浩に肩を貸され報告に来た。
多少ふらついているものの右の目は変わらずギラギラと闘志を燃やしている。

「孟徳、すまん。下手うってしまった」

すまんと言いつつもどこか誇らしげな夏侯惇の姿に安堵する。
目など一つ無くなってもまったく変わってなどいない、夏侯惇の価値が目玉一つくら いで変わるはずが無い。
たとえ、両目・両手・両足全て失おうとも自分にとって夏侯惇の存在価値は変わり ようがないのだと強く思う。

精錬潔白で決して己の目を背けたりしない。清々しいまでの真っ直ぐさ。
愛しすぎる存在。

「気にするな、この戦はもう勝ったも同然だ。惇の働きがあったからな」

にっと笑って言えば微かに頬を染めちゃかすなと怒る。

「しかし・・・目玉を食っただと?まったく、とんでもない奴だなお主は」

近づいて夏侯惇の顎を掴み血で濡れた顔をじっくり眺めた、急遽顔に巻きつけた蒼い 布は出血した血で朱に染まっている。
かなりの出血量だろうに、辛そうな顔一つ見せない。
痩せ我慢しているのが可笑しく もあり、こんな時でさえ弱音を吐けないこの男を心配でもあった。

「孟徳、触ると汚れるぞ」

己の血と敵の返り血で真っ赤に汚れた体を離すように後ずさる。大怪我しているとい うのに主君の服の心配などしている。

「かまわぬ」

そう言って胸倉を掴み強引に引き寄せる、目が痛んだのか小さく悲鳴を漏らすと眉を 顰めた。

「惇、わしの物を無くした罪は重いぞ?」

言いながら布を外し傷口を見た。閉じた瞼に縦に走る鏃の傷からとめどなく溢れる 血。

一滴さえも惜しいと思う。
それが夏侯惇のものならば。

「くっ・・この失態は次の戦で購うわ」

吐き捨てるように言われた言葉につい笑って睨まれる。

「ならば、早く怪我を治せ。お主がその気でも怪我が完治しないうちは戦には連れて 行かぬぞ?」

傷口に舌を這わすとしみるのか胸倉を掴む手を握り震えている、鉄錆の味がした。夏侯惇の味だ。
この味を忘れまい。
愛しい男が自分の為に流した血の味。

「ほれっ早く治療に行け」

胸倉を離し胸を小突いてやるとチッと舌打ちし血で紅く染まった顔を更に紅くしてい た、
もう幾度となく抱いた体はいつまでも初なままで、いっそ微笑ましい。

「惇っ!お主はわしの傍におらねばならぬ、何時如何なるときもだ。死ぬ事は許さ ん」

目の前から去って行く背に叫んだ。
一瞬キョトンとした顔で振り返ったが、すぐに笑みを浮かべる。

「あぁ、わかっている。俺の存在理由はお前だ。孟徳と共に有ることだけが俺の喜び なのだからな」

心底嬉しそうな顔で告げられた。

わしの心にある夏侯惇への執着をいとも簡単に包み 込んでしまった。

「孟徳、俺を死なせたくなければ、お前が死ぬ事もできんぞ?わかったな?」

にっと笑い、片手をひらひらと振りながら医療班の所へ歩いて行った。



わしが死んだらお主も死ぬと言うのか・・?



初めて聞かされた言葉に曹操は思わず固まってしまった。
あまりの幸福に思考が止まった。

「ふっ・・ならばどちらも死ねんな・・・・。よし我らも討って出るぞっ!」

旗本へ号令をかけ、この戦を終わらせる為曹操は馬に跨り戦場へと駆け出した。







そして約束を果たすように曹操が病死してわずか4ヶ月で夏侯惇は後を追うように死 去した・・・











ひっっさし振りに昔のパソコンを持ち出してみました!やはり慣れたキーボードは打ちやすい(笑)
図に乗ってこれまた久しぶりにSS書いてみました。
SS復活第一弾はやはり操惇vvv永遠の夫婦ですから(ぇ)
とか言いつつ現在羽惇フィーバー中(笑)無双4では夏侯惇のイベントは関羽との関係を描き
己を見つめ直す惇兄だそうです・・・ゲーム自ら羽惇かよ(違っ)

2004.09.01



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