-歩み-





目を開けると違和感を感じた。

狭い視野がうっとおしく眉をしかめる、寝ぼけているのかと思い顔を洗おうと寝台に手を つき、体を起こす。

「…ぐぅ……」

途端頭の奥の方で鈍い痛みが走り、低く呻き声を上げてしまった。
何事かと思い痛む左を手で触 ると、顔半分が布で覆われている
何度かその上をなぞると、瞼が妙に窪んでいる事に気づい た…





あぁ…そうか…もう無いのだ…





戦の最中、突如感じた頭を後ろに突き倒されるような衝撃にすぐさま状況を理解できな かった
その後に訪れた焼けるような熱さ、顔の先に見えた矢羽がことの次第を把握させ る。

痛みは感じなかった、ただ熱かった。

戦っている時は一種興奮状態のようなもので、目に矢が刺さったという事実よりも射抜い た相手への怒りの方が凌駕する。
矢を乱暴に引き抜き、鏃に付いてきた眼球を怒りにまかせ飲み込んだ。

口に広がる血生臭さに吐き気がする

「おのれ曹性…覚悟しろっ!!」

そう叫び走り寄り斬り殺す。
そして周りの兵を睨みつけると青ざめ後ずさるのが見えた
左から流れ出る血と返り血が ぬるりと刀を握る手を滑らせる…そこで記憶が途切れた。



「…ははっ…」

泣き笑いの様な声に体が震えた。



「惇兄っ!!」

突然かけられた声に顔を上げると、戸口で淵が今にも泣き出しそうな表情で見ている。

「…淵」

慌てて平静を装う、淵は俺の顔を見ると安堵したように息を吐き駆け寄って来た。

「惇兄っやっと意識が戻ったんだなっ」

目を涙で潤ませガシッと肩を掴まれ傷に響く。

「ッ…」

痛みに眉をしかめると淵は慌てて手を離した。

「あっ!ごめんっ大丈夫か?惇兄…」

苦笑しながら大丈夫だと言えばほっとし微笑んだ。

「惇兄、5日以上目覚まさなかったんだぜ…」



5日…そんなに…



言われてみれば確かに体のあちこちが痛んだ。

「待っててくれっ今殿とかに知らせてくるっ」

淵がバタバタと部屋を出ていった。

一人になり右手を前に差し出してみる、やはり視界は狭いし距離感がつかめない
片目が無いことがどれだけ戦に不利かこんな時代だからこそ痛い程わかった。
乱世という今、片目の人間など別に珍しくもない。
しかし、狭くなった視野が武人にとってどんな意味を持つか…

弱い者は死 ぬ…こんな俺は、孟徳の役にたつ人間でいられるか…



軽く溜息を吐く。



早く視界を慣らさなくては…

「将軍っ」

ドタバタと足音をたて淵に知らされた者達が入ってくる。
曹仁、曹洪、一族の者の他、徐晃や楽進達もいた。

「よかった…やっと気づかれましたな…」

徐晃が笑みを浮かべる。

「すまなかった、こんな時に眠りこんでいたとは…不甲斐ない」

迷惑をかけたと頭を下げれば、皆そんなことはいいと笑った。



瞬間目の前を過ぎる風圧。



何事かと思えば、頬から暖かい物が流れ出す。

「殿っ何をっ!!」

徐晃が叫び、孟徳を押さえ込んでいるのが目に入る。
その手には愛刀が握られていて…
呆然としたまま頬を撫でると、手のひらに真っ赤な鮮血がつく。

「孟‥徳‥?」

孟徳の顔を見驚きにはっと目を開く、感情がないかのような目。
闇のみ写していないよう な…

そんな孟徳は初めてだった。



「…すまんが、皆席を外してくれないか…孟徳と二人だけにしてくれ」

そう言うと子考(曹仁)が反対した、未だ徐晃に押さえられている孟徳をちらりと見やり、大丈夫だ からと説得する。
ようやく納得すると、心配そうに何度もこちらを見ながら部屋を出ていった。



静寂…孟徳は何も言おうとしない。
ただ闇のような 暗い眼差しで俺を見ている。
このまま二人で黙っていても仕方ないので、自分から話しかけた。

「孟徳すまない、無様な事になった」

真っ直ぐに孟徳を見ながら告げると、いきなり髪を鷲掴みに掴まれ、痛みに歯を食いしば る。
孟徳は変わらず、何も無い暗闇の様な瞳で見ていた。
今までは孟徳の考えがある程度わかった、しかし今の孟徳からは考えが読みとれない。
ただ…今まで孟徳が持ったことのないだろう感情だけがかろうじてわかった。



「…孟徳、何をそんなに怖れている…」

痛みに震える声で問うと髪を放された。瞳に色が戻ったのを確認する。



「…お主を…お主を失うかと思うた…」

突如抱きしめられ息を詰める。

「孟徳…」

「もう二度とこの様な事は許さん」

「ああ‥すまなかった」

孟徳の腰に腕を回すと、強く抱かれた。
微かに震えているようだったが、気づかない振りをする。

「お主だけは儂から離れること許さん」

「ああ」





「お主だけは死ぬ事など許さん」

「ああ」





「お主だけは…」

「ああ…」





目は無くした…
だが片目など無くともかまわん、全てお前にくれてやる。
この体、この魂…全てお前に…





「…孟徳…久しぶりにお前を感じたい…」

たまらなくなってそう告げると、孟徳は顔を覗き込んできた
顔が熱い、多分滑稽な程赤くなっているのだろう。
しかし、今はそんな事さえかまわないと思った。

「初めてじゃな‥お主からそんな事を言うのは‥」

「たまにはいいだろう?」

そう言って笑ってやれば、優しく唇を塞がれた。

「たまにでなくともいいのだがな…」

「それは…無理…だ」

啄むように繰り返されるくちづけの合間、俺はまたこの男と歩める幸せに酔いしれた。
この世で一番尊くて、傲慢で、愛しい従兄弟…



共に果てまで・・・



寝台に倒され、俺はゆっくりと目を閉じた…





―fin―






駄っぶーーーーーんっ!
しかも短っ
長編て書けない・・・
つか「傍ら」どこいった添花っっ!
まぁ・・そのうちゆっくりと・・・(ダメだなこいつ)いろいろ間違えてたとこ修正(汗)

えっと、日記をお読みの方は知っていると思いますが
惇が目を怪我したばかりの設定なのに、張遼がいて。しかも笑ってるという
有り得ないものを書いてあったので、恥ずかしながら修正(2005.05.11)

2005.03.10

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