-心-



殿は怖い人だ。








一度口を開けば詩、兵法、歌なんでも非凡でそつなくこなす。


瞳は見つめられると絡め捕られたように魅了され、隠し事などまるで意味を持たないかの ように全てお見通し。


殿の脳漿にはきっと宇宙が詰まっているんだ。









俺は殿の警護上側にいる時が多い

殿はよく笑う、臣下の者とたわいもない話に花を咲かせ楽しそうに笑う。

だけどある時突然気がついちまった。

あれは本心の笑みじゃない。

顔は笑っていても心が笑ってねぇんだ…途端に俺は殿が怖くなった。

談笑しながら何を思っているのかいくら探ってもわからない。

それから俺はなんとなく殿を観察するようになってしまった。

好奇心ってぇやつだ。

殿が全てを見せる時があるのか、表情を見逃さないようにと毎日毎日





殿の側にはよく夏侯将軍がいる

従兄弟同士の二人は主君と臣下という立場になっても お互いを字で呼び合う、殿が夏侯将軍だけはそうせよと言ったらしい。

殿にとって夏侯将軍は乱世に疲れた心を癒す存在なんだろうなって思う。


俺は夏侯将軍に拾われた。粗暴で嫌われ者だった俺を夏侯将軍はわざわざ訪ねて来た。

夏侯将軍の噂は知っていた、曹操軍にこの人ありと言われた程の勇将なのに 普段は穏やかで兵卒ごときにも対等に接し、一度戦場に赴けば炎の様に猛々しい。

そしてその長身と艶のある長い黒髪、男の色香漂う精悍な容姿。

そんな噂は大体誇張されてるもんだと思ってたけど噂以上だった。



あれは色香なんて甘ったるいもんじゃねぇ



凶悪な程の欲望を呼び覚ます毒だ。



『貴様のその才を曹孟徳の為に使ってみないか?』

そんな上等な男がそう言って白い歯を見せてニッと笑った。

暴れるだけしか脳のない俺を『才』だと言った。

俺は感動したのを覚えている。



そして夏侯将軍に鍛え上げられた俺は殿の護衛というすっげぇ名誉な仕事を任された。



「元譲、元譲はおらぬか?」

殿の一日は慌ただしい。

一日のうちに何人もの人と会い兵法や軍略を語り合い、書簡を読んでは注釈をつけ書き記す。

城の視察までするし、練兵まで一通り見て回り才能の発掘をする。

そして必ず夏侯将軍と戦の話やなんかをする。

とても一人の人間がこなす仕事じゃねぇ…

「孟徳、ここだ」

殿の声に夏侯将軍が兵卒の中から手をあげる、どうやら指導していたらしい。

いっぱしの武将が兵卒の鍛錬までやるんだから夏侯惇軍が精鋭なのも頷ける。

兵の中をくぐり夏侯将軍が殿の所までやってくる。

子供みてぇに無邪気な笑顔で

「どうした孟徳、なんか問題でもあったか?」

「いや、全て滞りなくいっておるぞ。ところで元譲よ、今夜儂の部屋で酒でも飲まんか? うまい酒を手に入れたのじゃ」

殿がニヤリと笑い杯の酒を飲み干すマネをする。

「ほぅ、孟徳がうまいと言うなら余程だろうな。わかった、夜に邪魔するとしよう」

酒好きの夏侯将軍は嬉しそうだった、夏侯将軍は無類の酒好きで有名だった

ただその割には弱いのだけれど…すぐ眠ってしまうらしい。

「ではうまい食も用意させるとしよう」

約束を取り付けると殿は上機嫌で練兵場を後にした。

「悪来」

突然声をかけられ驚いて見る。

「今夜は元譲もおることだし護衛の心配もない、お前は休暇を取ってよいぞ」

「はぁ…しかし」

「よいよい、お前もたまには息抜きでもしてこい」

護衛を疎かになんてできない

そんなことしたら俺を護衛に推薦してくれた夏侯将軍が怒り狂うだろう…

しかしその夏侯将軍が一緒なのなら大丈夫なのだろうか。

俺は殿の言葉に甘えることにした。

「承知しました」

答えた瞬間の殿の顔を俺は忘れられないだろう…





初めて心が見えた…





目を見開いたまま固まった俺にきびすを返すと殿はすたすたと歩きだした。






心を見た瞬間にわかった。






殿が夏侯将軍をどんなに大切に思っているか…






それは切ない程の恋慕だった…






夏侯将軍にも打ち明けない殿の心の中の大切な想い。








「悪来よ…」

不意に声をかけられ弾けるように返答する

「お前見てしまったようだな」

「えっ…?」

「儂の中のモノをだ」

「えっ…と、その…」

俺は突然のことにオロオロするばかりでうまい言葉が出てこなかった。





「元譲は儂のものだ、誰にも奪うことなど許させぬ」



振り返った殿は凍り付くような笑顔だった。






激しすぎる程の独占欲






殿には俺の心の中はお見通し。






殿の気持ちに気づいたことも……………
















俺が夏侯将軍に欲望を感じることも……………






「さぁ帰るぞ」

そう告げた殿の顔はまたいつものように笑っていた。






そして俺はまた殿が怖くなった。









お疲れ様でした。
って言うほど長くないですね。改行に助けられてるような・・・
ちなみにわからない人はいないと思いますが。語りは典韋です。少々典惇風味
某サイトで典惇小説読みまして、典惇もなかなかと無節操に思ってしまいました。
そのうち書くかもしれません・・・攻めの方が大きいのが理想なもんで・・・(すまんソソ様)
いちおシリーズみたいにしていきたいと思います。次は「傷」へどうぞ。

2004.09.01

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