-慕虎-




広野に4万の兵が陣を敷いている。
樊城はんじょうを背にした大軍、指揮官は劉表の将・黄祖。

孫堅はその様子を陣中から眺めていた。

「敵は大軍といえど寄せ集め、我が軍の敵ではないな…まずは樊城を取る!そこを足がかりに襄陽じょうよう、い
ずれ荊州全てを孫家のものにする」

野心を隠しもしないその表情を、夏侯惇は曹操と重ねて見ていた。
無邪気な程に天を夢見る様、夏侯惇は曹操のその顔が好きだった。
孫堅の表情が曹操と重なり、夏侯惇の鼓動がドクンと跳ねる。

「よし!行くか、夏侯惇。お前は俺と一緒に行動しろ」

孫堅が馬に乗り剣を抜いた。旗本五百騎が後に続く。

「程普、敵の精鋭はどこだ」
「はっ!斥候の情報によれば右翼側だと思われます」

程普の言葉に頷くと、孫堅の目が鋭く敵布陣の右翼を睨む、普段のふざけた雰囲気は一寸足りとも感じられ
ず、まさに江東の虎と評されるに相応しい武人の顔になっていた。

「程普、お前の騎馬隊で右翼に突っ込め。歩兵を中央!黄蓋は左翼だ…行けっ!」

孫堅の号令を合図に程普・黄蓋の騎馬隊が土煙をあげながら駆け出す。
歩兵が中央に向け気合いを発し駆る、勢いよくぶつかると、直ぐに敵の布陣は混乱し始めた。
寄せ集めの弱点がまざまざと浮き彫りになる。
押し込み出した中央に孫堅は続いて韓当の騎馬を投入するよう合図を送った、混乱した所を騎馬に裂かれ、
布陣が二つに分かれて崩れる。
潰走かいそうし始めたのを見るや孫堅は剣を振り上げた、朝日が反射し鋭く光る。そのまま進めと言うように前へと
突き出した。
孫堅を先頭に旗本五百が続く。
夏侯惇も駆けた。
戦に興奮する気持ちに身を任せ、確実に敵を斬り、葬る。
夏侯惇の大刀の刃が見る見るうちに敵兵の血で紅く染まっていった。



孫堅軍の破竹の勢いについに敵軍が敗走しだす、我先にと樊城へ逃げ込むのを、追撃に移れと孫堅が叫んだ
のを聞いた。
兵達がすぐさま城内に突入し、敵を斬り刻む。すぐに耐えきれず樊城をも捨て、襄陽城にまで逃げる敵
が出てきた。
そこまできて、籠城する敵を包囲する準備にかかるよう、孫堅は程普に伝令を出し、ようやっと剣についた
血糊を払った。
夏侯惇も息をつくと、孫堅の側に馬を寄せる。
二人とも返り血でびっしょりだった。

「どうやら、緒戦は勝利したようだな」

夏侯惇が声をかけると、孫堅は顔に飛んだ返り血を拳で拭いながら笑った。うっすらと顔の輪郭を包む無精
髭が、紅く染まっていた。

「あぁ、これからは城攻めだ…難しいが俺には退屈な戦いだな」

肩をすくませて言うその姿は、既に虎の威圧を隠した普段のものだった。

「行くのか?夏侯惇」
「あぁ…もとよりその予定だったしな…」

夏侯惇が帰ることを告げると、孫堅は眉を引き上げておどけるような表情を作った。

「このまま俺のものになってしまえ」

どこまでが本気かわからなかったが、夏侯惇は真剣な目で孫堅を見たまま首を横に振る。曹操以外に仕える
気はない、そう意志を込め、真っ直ぐに見つめた。
がっかりしたとばかりに肩を落とすが、それさえも楽しんでいるのが夏侯惇にはわかっていた。

「まぁ、冗談だ。お前が簡単に主を変えるとは思っていないしな。今はいい、俺が天下を掴んだ時、堂々と
曹操から奪い取ってやる」

強い眼差し。

夏侯惇は息を飲んだ。

貫かれる度に、射抜くように向けられたものと同じ眼差しに、夏侯惇の体が熱くなる。
それを振り払うかの如くギュッと目を瞑った。

孫堅の笑う気配…そして伸ばされた手、上唇を指先で掠め、離れた。

背筋を這い上がる情欲に気づかない振りをし、夏侯惇は強く見返した。

「天を掴むは、我が殿。曹 孟徳よ」

勿論本心から信じ、望んでいる言葉。
しかし、それには目の前の男とも戦わねばならない…
夏侯惇は、その日がくるのがせめて遅ければいいと思った。
嫌いにはなれない。曹 孟徳と重なる部分を目にしてしまった今は好意的にさえ思う。

そして…

狂う程の快楽をくれる男に、意志を裏切り己の体が惹かれているのを否めなかった。

「お前は絶対に俺のものになる。体は俺を求める、今にわかることだ」

ビクリと夏侯惇の体が揺れるのを孫堅は見逃さない。
口元が獰猛どうもうな笑みを形作る。

「それまで、俺はこれで我慢するとしよう」

不意にいたずらっ子のような顔つきになり、懐から小さな布の袋を取り出した。豪奢ごうしゃな朱色の生地に金と銀
の糸で刺繍を施した、手のひらに隠れる程度の袋。

夏侯惇は訝しげに眉を寄せてそれを見る。

その袋がなんだと言うのだ…?

疑問を素直に口にする夏侯惇に孫堅はいやらしい笑みで見返すと、顔を寄せそっと耳元で囁いた。

「連合軍での戦利品だ」

孫堅が董卓との戦でどさくさ紛れに玉璽を手にしたとの噂は聞いていた…
しかし、実際見たことのない夏侯惇にもその袋が玉璽が入る大きさでない事くらいすぐにわかった。

「ん?わからんか?」

孫堅がクスクスと笑う。

「お前の毛だ」

その言葉に夏侯惇の顔が羞恥と怒りに一瞬で真っ赤に染まる。

「最高の戦利品だぞ?」

高らかに笑い声をあげる孫堅を兵達が何事かと見る、そしてその隣で紅潮した顔でブルブルと震える夏侯惇。
皆一様に首を傾げていた。



翌日――

夏侯惇が、出立する為兵を纏めていた。
城攻めの最中だからと見送りはいらないと断ったので孫堅軍の面々は辺りには見あたらなかった。

「さて…我らはこれから殿の元へ帰る。皆、帰路だからと気を緩めるような真似はするな、行くぞっ!」

兵へと号令をかけ、先頭に立ち馬を進めた。

やっと孟徳に会える。

早く会って、この体も命も全てが曹操のものだと強く感じたかった。

孫堅に抱かれた時の快楽など、二度と蘇らない程に…

「夏侯惇っ!」

不意に名を呼ばれ、振り返る。
小高く盛り上がった丘に孫堅の姿を見つけ、夏侯惇は苦笑を漏らした。

「あれ程見送りはいらんと言ったのに…孫堅っ、戦の最中だろうが!」
「元譲!また相見える時まで、しばしの別れだっ!俺の許しなく死ぬなよっ?」

初めて字を呼ばれ、最後までからかいを含んだその言葉に呆れつつも嫌でないと感じる。
懐に手を差し込むのが見えた、夏侯惇はその仕草にドキッとする。まさかと思いつつも、やはりそれは予感
を裏切らなかった。
遠目でよくは見えないが、確かに手の中には握られているのだろう。
その手をゆっくりとした動作で唇の元へ持っていく、そして見せ付けるように例の袋にくちづけた。

夏侯惇の顔が朱に染まる。

「あの…馬鹿っ」

変な男がいたものだ…

馬首を回らせ曹操の元へと戻る為、馬を走らす。
その顔は堪えきれずに笑っていた。








とりあえずのラストであります。
なんだか意味不明な終わり方だし、かなり戦のシーンにだけ嬉々として書いたという感じが…(笑)
エロづくしの更新をかさねてたけど、ラストはエロなどありませんで…期待していた方(いるのか!?)すみませぬ
堅惇はちょっとお休みして、本命(羽惇)や韓浩→惇など更新する予感であります。
これからもお付き合いくださいませ^^
ちなみにタイトルに読み方も意味もろくにありません…orzタイトルつけるの苦手…;

2005.10.31