-傍ら-





宦官の家の子。



それが俺が最初に聞いた曹操の噂話だった。

特に不潔だとも思わなかった、所詮名門袁家とは格が違うのだから相手にすることもないとも思っていた。

取るに足らない奴。

それが曹操だった・・・・

しかし実際に曹操に会ってみるとどうだ。

宦官の家の子という下世話なヒソヒソ話も何処吹く風。自分を少しも恥じてはいなかった。
恥入るどころか、王のように傲慢でもあり尊くもあるような不思議な威厳さえも感じさせた。
同年ということで袁紹と曹操は色々比べられたりもした。勿論世間の評判は袁家の長子である俺を褒め称えていた。
それでも曹操は悔しがるでもなくどこか飄々としている。





ある日のことだった。

俺が曹操と歩きながら後漢のこれからの在り方について論議しているとやはりいつもの様に道端でヒソヒソと 俺達を比べる人達がいた。

どうせ、曹操が宦官の家の子だとかそういった話だろう。曹操もわかっているらしくそちらに目も向けず 話に熱中していた。
曹操は宦官の家とかいった偏見があろうがなかろうが優秀なことに変わりが無かった。
袁紹は最近この曹操が結構好きだということに気がついた。
だから町を歩きながら耳にする曹操への悪意を 袁紹は不快に思っていた。

「曹操、帝はこれから衰え始めた漢王朝をどうやって盛り立てて行くのだろうか。
これから先は我らが帝をしっかりお守りして 政を取り仕切っていかなくてはなるまいよ」

宮中はかなり荒廃していると聞いた。

宦官が私利私欲の為に悪行を行い、帝にそれを訴えかける臣下を罠に嵌めてまで排除しているという。

なんて酷い話だ。と袁紹は思った。





ふと曹操の気配にただならぬものを感じ顔を向ける。そして袁紹は初めて見た。

自分への悪意を放つ民を見る眼差し。氷の様に冷たく、刃の様に鋭い。

侮蔑の焔を宿した瞳。

「そ・・曹操?」

袁紹は思わず声をかけてしまった。名を呼ばれ曹操がゆっくりと袁紹に視線を移す。

「なんだ?袁紹」

さっきまでとは別人の様に穏やかな表情で返事をするが、その瞳には変わらず侮蔑の焔が揺らめいていた。





気付いた。気付きたくなかった。

曹操は袁紹をも侮蔑していたのだと。





名門袁家に生まれ褒め称えられながらすくすくと育ってきた、ただそれだけ。

お前に何が出来る?家名だけを誇りに想い、そしてそれに縋りついているようなお前に。

まるでそう言われているようだった。





曹操からしたら宦官の家の子と悪意を向ける民と俺は違いのないモノなのか・・・





それは一種の失恋のようだった。その撥ね付けられた想いは憎しみへと変わる。

袁紹は曹操を憎んだ。





袁紹は事あるごとに曹操を敵視した。

俺はお前を見下したことなどない!それどころか優秀な頭脳を尊敬さえしていた。

お前が宦官の家の子だと陰口を叩かれるのも俺の秘密と重ね憤怒さえ感じていた。

なのにお前は俺を心の中で侮蔑していた。

その思いが袁紹を動かしていた。









そしてその思いが決定的なものになったのは、袁紹がどうしても欲しいものが出来たときだった。













ある日、袁家の裏庭で袁紹は一人木の根元に座っていた。

膝を抱えるように座り、いつもの誇り高さなど見る影もないようだった。



袁紹の秘密。



それは袁家の中でだけ知られているモノだった。

袁紹は妾腹だったのだ。長子として育てられてはいるものの本当の血筋は弟の袁術の方だった。

たかがそれだけの事。妾を取るのが常識のような上流社会において妾腹は珍しくもなんともなかった。

しかし袁家はどこよりも名門意識が強い一族なのだ。おのずと袁紹の居場所は無い。

事あるごとに妾腹だと罵られ。優秀なら袁家として当たり前、人より劣る所あらば妾腹だからと母まで責められる。

優秀であることを誰よりも求め続けなければならなかった。

それがまだ若い袁紹にはとても辛かった。

努力しても努力しても終わりが無い。脅迫の様に心に積もる重責。

家族の目。家人の噂話。

それら全てが、町で名門袁家の跡取りと尊敬を持って言われる袁紹の実情だった。

そんな重責に潰されそうになる自分を叱咤するように袁紹はよく一人裏庭で過ごした。

暗い闇のようなモノに飲み込まれそうになるのをジッと一人耐えるのだ。





「どうしたの?」

一人膝を抱える袁紹に幼い子の声が聞こえた。

顔をあげるといかにも育ちの良さそうな袁紹より5・6つ年下くらいの子供が心配そうに袁紹を覗き込んでいた。

名門は名門同士横の付き合いを大切にしていた。裏では何を考えているか知れなかったがよく宴を開いては集まるのだ。

今日は袁家の宴。色々な名門一族が集まっていた。

そのどこかの連れなのであろう子供は返事もしない袁紹に再び声をかけた。

「どうしたの?どこか痛いの?」

ぎょろりとしていると言っていい程大きな瞳をまんまるにし問うてくる。

浅黒い肌と生え変わる時期で抜けた一本の前歯が人懐っこさを演出してる。
袁紹は目の前の十三歳くらいの男の子に優しく微笑んだ。

「大丈夫だよ、痛かったけどもう治ったから」

袁紹は安心させるように言うと子供の頭を撫でてやった。
見ず知らずの子供だったが、無償で向けられるその優しさが袁紹には とても嬉しかったのだ。

頭を撫でられると子供はくすぐったそうに笑った。腕白そうな笑顔が好ましくてとても眩しいモノに思えた。

「どこが痛かったの?」

「うん。ここがね、とっても痛かったんだ」

そう言って袁紹は自分の手の平を胸に当てた。

「心(しん)?病気なの?」

途端に青ざめる子供に苦笑すると違うよと声をかける。

「お兄ちゃんは心(こころ)が痛かったんだ。辛いことがあったりすると君も痛かったりするだろう?」

「なにか辛いことがあったの?」

他人の事なのに己に起きた事のように辛そうな顔をする子供に袁紹は胸が熱くなった。

「お兄ちゃんはね・・・この家の本当の奥さんの子供じゃないんだ。妾腹ってわかるかなぁ?
でも長男だからと優秀である事を自分に課してしまう。それが時にたまらなく重くなるんだよ。」

こんな事言うつもりは無かったが、真摯な瞳に見つめられているとつい嘘をついてはいけないような気になった。

この子が言い触れ回ったらいままで一族内でだけ感じていた劣等感を余計な所にまで広めてしまうかもしれない。

だけどこの子はそんなことはしないと何故か袁紹にはそう感じたのだ。

「ふぅ〜ん・・・変なの。女の人のお腹から生まれたことには変わりないじゃん」

なんともなげに言う子供の言葉にハッとした。

そんな考えもできるんだ。袁紹は子供の無邪気さに自分の生き方を救われた様な思いだった。

「そうだね、みんな同じなんだよね」

そう言うと袁紹は子供の頭を抱きかかえた。少し潤んだ瞳を覗かれるのが恥ずかしかったから。

「君、名前はなんていうの?」

「俺?俺の名前は夏候惇。字は元譲っていうんだっ」

歯を剥き出してニカリと笑う。
夏侯家といえばやはり名門一族だ。袁紹は名門というものが心の底では嫌いだった。

しかし、お互い名門一族に生まれたから今日この場で出会う事ができたのだと思うと 名門一族に生まれた事が嫌ではなくなったような気がした。


「そうか元譲か。俺は袁紹、字は本初だから本初って呼んでいいよ」

そう言うと元譲は嬉しそうに袁紹の字を口にした。

その表情がとても可愛くて袁紹はまた元譲の頭を優しく撫でた。






続く



すみません。
いきなり紹×惇ですか!?紹×操みたいに見えたり(汗)
うちのソソ様は完全攻めですのでご安心を!
仕事しながら浮かんだセリフなどから書いてみました。
続きますが、ちゃんと完結するように頑張ります(汗)
突然ですが惇の年齢上げました・・・なんか8歳の子に袁紹いたづらしそうな予感して・・・(オイ)

2004.09.01