-傍ら-






事件は唐突に起きた。



元譲が人を斬り殺した。



袁紹はそれを父の口から聞いて知った、師匠を侮辱され兄弟子を斬り捨てたらしい。
元譲のまっすぐさが起こした事件だった。

「やはり本初とあんなガキ離してよかった、まったく夏侯の一族もやっかい者を出したも のだ… 」


父の言葉にカッとなった。


「まぁ、たてまえ上は勘当という事にして都から出すらしいが」

元譲を逃がすということだった。流石に夏侯の人間も元譲を見捨てはしなかったらしい。
役人に逆らっても元譲を逃がそうという結論だった。
少しほっとしたが元譲はまだ幼いのに親、親族から離れ一人生きて行かなくてはならない ということだ。


不安だった。


元譲にそんな事ができるのか?
親元で甘やかされ穏やかに育った元譲に…
あの掛け値なしの明るさがそれを物語っている。

「どこに…?」

袁紹は震えながら聞いた、動揺を悟られてはならない。
そう考えていたが口から出た言 葉は滑稽な程掠れていた。

「知るかっ夏侯にしたって罪人を隠すのだ居場所は誰にも言うまいよ」


父は鼻で笑う。


いつもは気にならないその傲慢さが今日は酷く不快だった。
しかし、今の自分にはどうすることもできない。
未だ子供でしかない自分が悔しかった。

父に一礼しその場を後にした。
気づかれないように抜け出し元譲の元へと向かう。


まだ間に合うかもしれない。


袁家の情報網はかなりのものだ、事件が起こってからそれほどたたずに父の耳に入った だろう。
ならばまだ元譲は家にいるかもしれない。


袁紹は懸命に走った。


何もできなくても、せめて元譲に一目会いたかった。


もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。
いやっ!ほとぼりが冷めるまでだ…

不安を押し込め無理矢理希望を持った。
ほとぼりが冷めればまた元譲は帰ってこられる。
根拠もなにもない希望を袁紹は胸の中で何度も何度も繰り返した。
そうでもしないと不安に押し潰されそうでたまらなかった。




元譲の家の前に人がいるのが見えた。
数人の人と一頭の馬。
そして馬上には…小さな体を懸命に奮い立たせようとしている元譲の姿があった。

「元譲っ!」

叫ぶと周りの人間が一斉に振り返った。
役所の人間を警戒しているのだろう、袁紹の顔 を見ると緊張を張り付けた顔が安心したようになった。
元譲の父が袁紹に軽く一礼をしただけだった。

「本初っ」


元譲は目を驚きに見開いていた。
この場に袁紹が現れたことに驚いているようだった。


「よかった…間に合った」


苦しい息を吐きながら言うと、元譲はどうして知っているのか聞きたそうだ。


「父から聞いたんだ」

元譲は気まずそうに苦笑した。
自分がした事に後悔はしていなかった。師匠の誇りを守ったのだ。
しかし色々と熱心に教えてくれた袁紹にはすまないと思った。
立派な人になれと一生懸命に面倒を見てくれていたのに…

「惇、そろそろ行かなくては。いつ役人が来るかわからん」

別れを惜しむ袁紹の事など気にもせずに一人の男が声をかけてきた。


曹操だった。


わざとの様に感じ睨みつけたい気持ちだったが元譲がゆっくりしてられないのも事実だ。


袁紹は切なげに眉を寄せると一言だけ口にした。


「元譲…死ぬなよ」

これから一人厳しい生活を余儀なくされるだろう。
賊に出会うかもしれない。役人に見つかるかもしれない。


会えなくてもいい。無事で、せめて無事でいてくれ。


袁紹はそう祈りながら元譲を見送った…





元譲の姿はすぐに見えなくなった。
北門の門兵にいくらか包んであるので咎めなく脱出できるだろう。
そこからだ、そこからなのだ。

元譲が消えた方向からふと目線をそらすと曹操だけがいた。


「元譲はどこに身を落ち着かせるのだ?」

袁紹は縋るような思いで問いかけた。
居場所がわかればそれとなく元譲を守ることが出 来るかもしれない。
しかし曹操は首を横に振った。

「お前に教えるわけにはいかない。人に居場所が知れればそれだけ惇の身が危険になる」

曹操は知っているのを隠そうとはしない。
なおも食い下がろうとする袁紹を片手で制す。

「惇は守らなくてはならない程弱くはないぞ。
俺は惇を信じている、あいつが生まれた時 から見てきたからな」

曹操は強い眼差しで言った。心から信じている目だった。
袁紹にはまるでそれが元譲は自分のモノだと主張しているようにも取れた。
袁紹が睨むと曹操はそれを真っ正面から受け止めていた…






続く



はい、第六話です
この夏侯惇の事件のことを書きたくて年齢を上げちゃったわけです。
曹操少し意地悪臭いような気がしてきました。
やっぱ曹操も夏候惇のことになると余裕なくなるのでしょう!
袁紹と夏候惇の仲にかなり焦り気味のソソ様。

2004.09.06